クラウディア

 たまたまテレビをつけたら「奇蹟体験!アンビリーバボー」をやっていました。「クラウディア最後の手紙」((蜂谷弥三郎著メディアファクトリー出版1500円)・クラウディア奇蹟の愛(村尾靖子著開拓社出版1500円)蜂谷弥三郎さんを取り上げていたので、後半部分の途中からでしたが見入ってしまいました。

 蜂谷さんのシベリア抑留談は他の番組でも取り上げられた事がありますし、「クラウディア愛の手紙」の本の中でもいろいろ知ることができます。

 昭和21年、太平洋戦争終結後の北朝鮮で日本への引き上げ先を待っていた蜂谷弥三郎さんは突然侵攻してきたソ連軍にスパイ容疑をかけられ連行され、残されたご夫人の久子さんと娘さんだけが日本に戻ってきます。

 後にわかったことでは蜂谷さんに濡れ衣を着せたのは同じ引揚者仲間だったことで、自分に身を守るために他人を売るようなことがまかり通るほど身に危機が迫るのが戦争なのかもしれません。

 蜂谷さんは濡れ衣のまま抑留され、10年の刑期を負わされますが、「模範囚」と言うことでそれを7年で終えることができました。が、ソ連の機密に関わることを知っていると言うことで日本への帰国は認められませんでした。

 失意のどん底の蜂谷さんが無実の罪を背負わされた人であると見抜いた人がいました。クラウディア・レオニードブナさんです。彼女の人生もまた波乱の人生でした。

 両親を幼くして失い家族は離散しストリートチルドレンになったこともあります。養父母に引き取られ、学校にもほとんど行けず、ソ連の国営の仕事に着きますが同僚の密告で10年間の収容所生活を経験しています。そういう経験を持つ人ですから、何が真実なのかもわからない社会主義の国で囚人の経験を持つ異国の男性の無実を信じられたのでしょう。

 弥三郎さんは日本への帰国をあきらめ、シベリアで生きていく決心をしてロシア国籍を取得します。クラウディアさんもこの夫を命に代えても守り抜こうと決心し、結婚します。いつ無茶苦茶な罪を作り上げて押しかけてくるかわからないKGBの恐怖に怯えながらもひっそり生活をします。

 やがて、ペレストロイカの波が押し寄せ時代が変わります。今まで赤いカーテンの向こうで見ることのできなかった「日本」が二人にも近くなってきます。

 夫の心の中に日本の妻子がいることを察していたクラウディアさんは知人を通じて弥三郎さんの家族の消息を調べてもらい、51年もの長い間再婚もせず待っている奥さんと娘さんのことを突き止めます。

 ロシア女性の心意気とでも言うのでしょうか、彼女は夫に日本に帰るように薦めます。病床にあった夫に変わってパスポートを取りに行ったり、ハバロフスクの日本領事館にVisaを出すようかけあいに行ったり、夫が祖国へ帰れるように奔走します。

 「他人の不幸の上に自分の幸福を築くことはできない」と言う彼女の気高い決意がここまで彼女を動かしたのだそうです。崇高なまでも気高さです。

 気高さついでに蜂谷さんのお住まいは鳥取県の気高町です。感動の腰を砕くようですが。ちなみにこのあたりの和牛は気高系といいまして名門和牛の産地です。伝説の「第7糸桜」で知られる島根の糸系、前橋の家畜改良事業団にいた「紋次郎」の兵庫県北部の土井系などと並ぶ名牛の産地です。私が扱ったところでは「森気高」という素晴らしい種牡がいました。

 話は戻って良くぞVisaを発給してくれたとハバロフスクの領事館の心意気にも感心しましたが、クラウディアさんに尻を叩かれるように1997年蜂谷弥三郎さんは日本へ帰ってきます。

 鳥取で日本の家族と暮らす弥三郎さんは、ロシアにいるもう一人の妻クラウディアさんと文通を続けますが、ある日、日本の奥さんに申し訳ないから私との文通はもうやめてください「私を忘れてください」とクラウディアさんから手紙が来ます。弥三郎さんは「私のたった一つの生きがいを奪わないでくれ」と文通はやめないことを彼女に伝えます。

 年齢的な問題もあるでしょうが、弥三郎さんと日本の奥さんの久子さんとロシアのクラウディアさんが、三者三様に自分より相手を思いやる気持ちが尊いものに思えてなりませんでした。抑留されようが囚人の烙印を押されようが、人としての「誇り」を失わない人は尊いものです。

 日本と出張先に家族を持つとんでもない日本人は今もたくさんいることでしょうが、この手の手合いは自分のことしか考えていない者同志の結合ですから、誇りと見栄を取り違え、気高さどころかだらしなさしか漂っていません。

 戦前の日本人と、戦後の日本人の違いは何かと言うテーマで三島由紀夫と石原慎太郎が話し合ったとき、両者同時に「自己犠牲」と答えたそうです。この二人が言うと別の方向に捉えられてしまいそうですが、「自己犠牲」は一考を要する言葉だと思います。

 読者たちの基金や抑留経験者会も手伝って、2003年11月にクラウディアさんは日本へ1週間の来日することができました。

 私が始めて蜂谷さんのことを知ったのは数年前の深夜番組で、このときは日本に帰ってきた蜂谷さんがクラウディアさんを尋ねてシベリアに帰る時の記録映像でした。今回はその後のことを知ることができました。

 ふと、老後の人生について考えました。蜂谷弥三郎さんは日本の家族と共に失った時間を取り戻すように鳥取県で暮らしています。37年連れ添ったクラウディアさんは夫を日本に送り出した後、シベリアのアムール州の田舎で一人暮らしています。

 老人が一人生きていこうとしたら、近隣の手助けなしには生きていけません。そう考えると、はたして日本が暮らしよいのか?これが逆だったら?と考えてしまいます。

 チャンスがあったら是非お読みになってみてください。欲得を捨てて・・・